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<尖閣諸島はどうなる2>

前回、尖閣諸島は1951年調印のサンフランシスコ講和条約でも、日本が放棄した領土
に含まれなかった。尖閣諸島は72年の沖縄返還まで米国の施政下に置かれたが、

中国や台湾はこの時も異議を唱えなかった、というようなことを記述。その続きです。
60年代に中国や台湾で発行された地図にも日本の領土として記載されている、と多く
の研究者らが指摘している。

ところが、中国や台湾は70年代以降、尖閣諸島の領有権を主張し始めた。その頃から、
周辺に石油などの海底資源が眠っている可能性が、とりざたされはじめたためとみら

れる。中国は92年に制定した自国の領海法で中国の領土と明記し、台湾は99年に
領土として領海の基準線を定めた。

96年には、台湾と香港の活動家が尖閣諸島に一時上陸し、中国旗などを立てた。
(尖閣諸島はどうなる3へ続く、読売新聞資料参照)

by refresh_light | 2010-09-27 19:11 | 社会経済 | Comments(0)
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