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アメリカン・エキスプレス・インターナショナルの日本社長が、長い日本の生活を経て、最近の 日本の若者について感想を述べている。参考となるので紹介したい。 日本で春を迎えるのは、もう18年目のこと。奥ゆかしい桜とやわらかな風に包まれる大好き なこの季節に、今年もはつらつとした新入社員を迎えることができた。最近の日本の若者は 強い自信と向上心を持つけ傾向があるが、気になる点もある。海外留学生の減少だ。私が米 国の大学院に通った1980年代には日本からの留学生が多くいた。しかし、3年前に様子を 見たとき、日本人留学生がとても少ないことに驚いた。アジアの中では中国、インド、韓国、 台湾、シンガポールなどから来る留学生が多く、彼らは自国市場での活躍を前提とせず、グロ ーバルな市場で通用する智恵の吸収とコミュニケーション能力の向上に熱心だ。日本の若者 も、日本という市場にとらわれず、世界で通用する人材に育ってほしい。(生きる力、国際的環 境で鍛えて2へ続く、日経ビジネス戦記、アメリカン・エキスプレス・インターナショナルのロバー ト・サイデル日本社長資料参照) 昨日、戦後の日本はリーダーの育成を明らかに怠った、というようなことを記述。その続き です。リーダーを「特権を与えられたエリート」と誤解し、できるだけリーダーをつくらない 「悪平等主義」が公教育の現場や社会全体に広がったからだ。 悪平等を民主主義と勘違いする空気も社会にあった。個人の鍛錬や努力の成果、人を率 いようという意欲や胆力を評価せず、結果の平等だけを追い求める意見や教育が日本か らリーダーを絶滅させたのではないか。リーダーに欠かせない条件はリーダーシップだ。 それは多くの人を引っ張っていく力と、その覚悟をいう。リーダーシップを養うのに最も有効 な方法は、実際にリーダーをやっみることだ。(永瀬昭幸・ナガセ社長資料参照) 日本の政治や経済の停滞をみていると、国の命運はリーダーが握っていることがつくづくわ かる。リーダーはどうやってできあがるのか? 持って生まれた資質のように考える人が少 なくないが、リーダーは育てるものだと確信している。日本にはかって多数の優れたリー ダーがいた。幕末から明治維新にかけては、坂本竜馬、勝海舟、西郷隆盛、大久保利通を はじめ、立場は違っても国を牽引すると信念を持ったリーダーが次々に現れた。日本が欧 米列強の植民地にされず、維新から半世紀もたたないうちに世界に存在感を持つ国にな ったのは、優れたリーダーの存在抜きには考えられない。 (リーダーの育成が大切2へ続く、永瀬昭幸・ナガセ社長資料参照) リーダーは単に知力に優れているだけではない。知力を見識に高め、それを多くの人のため に使う利他の心と、一度腹を決めたら曲げない心、初志を貫徹するための体力という「心知 体」の3つを併せ持つ人のことだ。かって、そうしたリーダーは各地の藩校や私塾、道場ある いは親族の年長者、先輩、同僚などの周囲の人間関係のなかで、厳しい訓練などを経て鍛 えられ、育てられた。数百年に1回という時代の大きな転換期にあったがゆえに、志ある人々 が、国を背負い歴史をつくる後進の育成に平時以上に力を注いだためといって間違いない。 リーダーの排出は決して偶然の結果ではない。それにひきかえ、戦後の日本はリーダーの 育成を明らかに怠った。(リーダーの育成が大切3へ続く、永瀬昭幸・ナガセ社長資料参照) 日本でリーダー待望論がわきあがってから久しいが、リーダーはなかなか現れず、日本の状 況は悪化を続けている。一方で組織や集団の長として増殖しているのはボスだ。リーダーと ボスの違いについては様々に定義されてきた。 リーダーは「利他的で謙虚」、ボスは「利己的で威張る」といったものからりーダーは「人をポ ジティブ」にし、ボスは「人をネガティブ」にするというものもある。今の日本のように低成長で 閉塞感が漂う時代には、リーダーは「パイを拡大する」ことを考え、ボスは「パイを分配する」 ことを考える、という定義も成り立つだろう。 (リーダー待望論2へ続く、日経・後藤康浩編集委員資料参照) 桃介は1917年から26年まで、木曽川沿いに7つの発電所を造り、長さ200キロの送電 施設で関西地方に電気を供給し「電力王」と呼ばれた。 「木曽路はすべて山の中である」とは島崎藤村の長編小説「夜明け前」の有名な書き出し。 川と並行する旧中山道、木曽路の見どころは妻龍宿と馬龍宿だ。 南木曽町にある妻龍宿は中仙道六十九次の四十二番目宿場。早くから町並み保存が行 われ、江戸時代の面影をよく残す。 四十三番目の馬龍宿(岐阜県中津川市)は、信州と美濃の国境で、石畳の坂道の両側に 家々が並ぶ。「夜明け前」の舞台で、宿場町の中ほどに島崎藤村の生家を保存した「藤村 記念館」がある。妻龍から旧街道で峠を越えてたどり着いた馬龍宿の入り口にある高台か らは恵那山や美濃の平野が望める。 (日経、日本の近代遺産電源開発の先駆) 信州伊那谷で育った小生。隣の木曽谷へは度々訪れ親近感を感じている土地だ。今日本は エネルギーの将来を巡って、国論が2分しているが、昔の水力発電につても考えてみたい。 「男伊達ならあの木曽川の流れくる水止めて見よ」と木曾節がうたう。止めるどころから激流 を電気に変える電源開発を大正時代に成し遂げた男がいる。「相場師」から転身し電力事業 で成功した福沢桃介である。旧中山道の宿場町、妻龍は、昔の家並みを美しく保存し観光客 が絶えない。そこから程近い木曽川の谷合いに読書発電所がある。 背後の山を伝う三本の鉄管を背負った鉄筋コンクリート造り煉瓦壁の水路式発電所だ。完成 時は4万7百キロワットと、当時では最大の出力を誇った。半円や四角の明かり採り窓はアー ルデコ調で、配置も理ズミック。あめ色の古い窓ガラスがはめ込まれていて。大正ロマンの片 鱗をうかがわせる。 (福沢桃介の執念、木曽川に夜明け2へ続く、日経、日本の近代遺産電源開発の先駆) 昨日、大阪市域では水需要が年々減少する傾向にあり、水道事業は厳しい経営環境に置 かれている、海外展開はこの2つの課題を同時に解決するものだ、というようなことを記述。 其の続きです。大阪市は今後、民間企業と連携して海外展開を進めるため、「大阪市水・ 環境技術海外展開推進機構」を設立する予定。関西経済連合会と大阪商工会議所にも参 加いただく。大阪市のノウハウと民間の技術で世界の水問題、環境問題の解決に貢献しつ つ、ビジネス機会の拡大に繋げていく。 水を市場財ではなく、公共財として捉えるのが日本の文化。公共性に軸足を置いた自治体 のシステムを生かして、国際社会に貢献していきたい。(日経「水フォーラムin 大阪」参照) 大阪市域では水需要が年々減少する傾向にあり、水道事業は厳しい経営環境に置かれて いる。海外展開はこの2つの課題を同時に解決するものだ。ベトナム・ホーチミン市では、 昨年からの新エネルギー・産業技術総合開発機構の省水型・環境調和型水循環プロジェ クトを民間2社と実施している。 高い無収水率など同市が抱える課題が明らかになっているが、この先も効果を明らかしなが ら取り組んでいく。上海市とは水道や下水道など都市建設に関する技術交流、シンガポール では国際水週間への参加、上海万博では上下水道の水技術を民間企業と共同でPRした。 (自治体が挑む水ビジネス5へ続く、日経「水フォーラムin 大阪」参照) 大阪市の配水システムでは、蓄積した市内各所の水圧データなどを活用し、無駄のない きめ細かな配水コントロールを実現している。このような長年の実績に基づく高い技術力 が評価され、08年公営の水道事業体として世界で初めて食品安全管理の国際規格ISO の認証を取得した。 こうした蓄積を生かした国際貢献として大阪市は市の職員を15カ国に延べ60人を派遣す る一方、途上国の技術者を養成する目的で58カ国から延べ166人の研修を受け入れて きた。今後は海外での水道事業の展開も目指していく。世界では人口増加や環境汚染等 で多くの人が安全な水を使えない状況にあり、50年には10億人規模で水不足に直面す るといわれている。(自治体が挑む水ビジネス4へ続く、日経「水フォーラムin 大阪」参照) 大阪市の下水道事業は、1894年に着手した。最近では下水処理で発生する汚泥など をエネルギー資源に活用し、下水処理場のコストを下げ、二酸化炭素も削減する一石 二鳥のシステムを作り上げている。水事業では95年に国内4番目の近代水道が通用し た。1950~60年代の高度経済成長時には、水源である河川の水質が急速に悪化し たが、現在は工場の排水技術や下水道技術の進歩などで、水質は改善された。2000 年からは市内全域で、高度浄水処理を実施している。 ペットボトル水「ほんまや」はこの高度浄水処理をボトル詰したもの。一口飲めばそのお いしさを「あ、ほんまや」とわかる。 (自治体が挑む水ビジネス3へ続く、日経「水フォーラムin 大阪」参照) 世界は現在、人口増加による水ビジネスや水質汚染などをめぐる危機に直面している。 高度な水処理技術を持つ日本企業や、水道の運営ノウハウがある自治体は知恵を結集し、 課題解決に向けた新たな潮流を生み出しつつある。「日経 水フォーラムin大阪」では、 水問題解決の方策や水ビジネス成功の鍵など、さらなる 前進への方策をさぐっている。以下は大阪市長の「基調講演」の一部である。日本の自治 体は取水から給水に至るトータルの水道システムで、世界に誇るノウハウを持っている。 大阪市がもつトップ水準の技術力は、人口集中や急激な都市化などを乗り越えた100年を 超える経験から培ったものだ。 (自治体が挑む水ビジネス2へ続く、日経「水フォーラムin 大阪」参照) 世界は現在、人口増加による水ビジネスや水質汚染などをめぐる危機に直面している。 高度な水処理技術を持つ日本企業や、水道の運営ノウハウがある自治体は知恵を結集し、 課題解決に向けた新たな潮流を生み出しつつある。「日経 水フォーラムin大阪」では、 水問題解決の方策や水ビジネス成功の鍵など、さらなる 前進への方策をさぐっている。以下は大阪市長の「基調講演」の一部である。日本の自治 体は取水から給水に至るトータルの水道システムで、世界に誇るノウハウを持っている。 大阪市がもつトップ水準の技術力は、人口集中や急激な都市化などを乗り越えた100年を 超える経験から培ったものだ。 (自治体が挑む水ビジネス2へ続く、日経「水フォーラムin 大阪」参照) 昨日、通常の腰痛は自然に治ったり自分で対処できたりするが、少しでも不安を感じたら医 療機関へ行くとよい、というようなことを記述。その続きです。 腰痛の仕組みや対処法を説明してもらえ、不安が解消される。痛みをとる運動療法やストレ ッチの指導も受けることができ、鎮痛剤なども処方してもらえる。「腰痛の治療は患者が主 役。自分で積極的にストレッチなどをして欲しい」と伊藤院長。強い痛みが長く続くようなら、 深刻な病気の可能性もある。腰痛の15%は感染症やがん、骨の病気が原因とされる。痛 みの強さが1ヵ月以上変らなかったり、発熱やしびれがあったりする場合は整形外科の専門 医に診てもらうことをお勧めしたい。(Sunday Nikkei 参照) 2010年12月にお茶の水整形外科機能リハビリテーションクリニックで指導を受け、腰 を反らすなどの体操を毎日続けたところ、日常生活ではほとんど痛みを感じないまで に回復した。「体操をやっているのが効いているようだ」と実感している。 ―ストレスも影響― 腰痛といっても、体だけの問題ではなさそう。多くの腰痛には「仕事の悩みなどのストレ スが大きく関わっている。最近では特に多い」と伊藤院長。 ストレス解消のためにも、楽しめる簡単な運動をするのはよいという。通常の腰痛は自 然に治ったり自分で対処できたりするが、少しでも不安を感じたら医療機関へ行くとよい。 (腰痛の8割、原因不明6へ続く、Sunday Nikkei 参照) 自分の痛みのタイプをチェックしたあと、腰を反らす動作か、腰を曲げる動作を繰り返す。 痛みが治まれば、その動作をしばらく続ける。 (注)① 次のようなときは、腕立て伏せスタイルで腰を10回反らす。 荷物を持ち上げ ようとして痛んだ、前かがみになって痛んだ、長くすわっていると痛む、前かがみや中腰 で痛むときなど歩くと痛みが軽くなり、うつ伏せで痛みが軽くなる (注)② 次のようなときは、仰向けに寝て両手で膝を抱え込み、両膝が胸に着くように 10回引き寄せる。自転車に乗ると痛まないが、長く立っていると痛む。椅子に座ると痛ま ないが、しゃがむと痛みが軽くなる。 歩くと痛み、うつ伏せで痛みが強くなるSさん(女性60歳)は、2~3年前から、長時間歩 いたり,前かがみで料理をしたりすると、腰に痛みを感じるようになった。 (腰痛の8割、原因不明5へ続く、Sunday Nikkei 参照) 椎間板は背骨をスムーズに動かしたり、しっかりつなぎとめたりするために働き、背骨とと もに体を支える屋台骨の役割を担っている。 ただ、血管がないため老化しやすく、20歳以上で水分が失われて背骨の連結がスムーズ にいかなくなる。谷教授は「連結部分がガタガタすると、周囲の関節も不安定になり、筋肉 が緊張してこりや痛みを感じるようになる。20歳以上では誰でも腰痛になる可能性がある」 と警鐘を鳴らす。椎間板に着目した運動療法も登場した。 体を反らしたり曲げたりする体操「マッケンジー法」だ。姿勢が悪くなると椎間板の内部の髄 核を元に戻し、痛みをとるものだ。(お茶の水整形外科機能リハビリテーションクリニック・銅 治英雄院長)。 (腰痛の8割、原因不明4へ続く、Sunday Nikkei 参照) ―85%が自然に回復― 国民病とも言える腰痛だが、ぎっくり腰など約85%の腰痛は「医療機関へ行かなくても自 然によくなっていく」(東京慈恵会医科大学・谷諭教授)。痛みが出始めたらまず冷やし、 その後温めるなどすれば、3~4ヶ月で自然に回復するという。長く続く慢性の腰痛につい て、高山整形外科病院の伊藤博志院長は「体を柔らかくして筋肉を付け、正しい姿勢を保 つことが重要」と説明する。無理のない範囲で普段からウオーキングやヨガ、ストレッチな どをする。また、頻繁に体勢を変えるなどして、長時間同じ格好をしないようにし、日頃か ら無理のない姿勢をとるように心がけることも大切だ。腰痛の原因には腰の関節や筋肉 の異常など様々な説があり、はっきり分っていない。最近では、背骨の間でクッションの 役割をする椎間板が注目されている。 (腰痛の8割、原因不明3へ続く、Sunday Nikkei 参照) 老若男女を問わず、腰痛に悩む人は多い。厚生労働省の調べでは、体調不良を訴える 症状のうち腰痛は男性で1位、女性で2位。 ただ、8割以上のケースで痛みの原因は分らず、日常の心がけや簡単な体操で症状は 改善できると専門家はいう。腰痛の対処の仕方をまとめた。 都内在住のIさん(男28歳)は、中学生の頃からサッカーなどの激しい運動時に腰の痛 みを感じていた。社会人になってからは学生時代のように運動はしなくなったが、腰痛は 続く。普段から腰に軽い痛みや違和感がある。ずっと同じ体勢でいられず気になって物 事に集中できない。腰痛自体がストレスだという。 (腰痛の8割、原因不明2へ続く、Sunday Nikkei 参照) 最近、日本のライフスタイルの、「ソフト」パワーの影響力が強まっている。 今日ヨーロッパでは、日本のファッションクリエーターやキャラクター名、「味噌」や「ワサビ」 までもが幅広い世代に知られている。現代日本の建築家やアーティストの国際的評価は とみに高まっている。国内が萎縮しても、日本ブランドは海外の様々な分野で力を発揮し ているように思う。経済産業省が「クール・ジャパン」という新戦略で日本文化を発信たり、 農林水産省がヨーロッパの国際食品見本市で「おいしい」をロゴマークに使って日本食を アピールしたりと、現代日本の文化を広げようとの動きが盛んだ。クールという言葉が、 適切かどうかは別として、日本をハードな技術からソフトなイメージへと近づけるのに役立 つと思う。(ジャン・バルテルミー、フランス見本市協会日本代表) フランス見本市協会日本代表のジャン氏が、Nipponビジネス戦記(日経)で、日本のソフト パワーを高く評価している。日本人として改めて考えさせられる。以下それを紹介したい。 先月ある会で経済産業省の人が言った。「フランスブランドは世界中でイメージが確立され ており、うらやましい」。私は逆に近年の日本のダイナミズムを称賛した。海外では日本の 食文化、漫画、ファッションなどのソフトパワーが高く評価され、原子力発電所や新幹線な どのインフラ入札でも、存在感を増している。長い間、海外で日本といえば、機能的で小型 の電機・電子製品や信頼性の高い自動車・バイクといった「ハード」グッズのイメージが強く、 日本文化といえば浮世絵に代表される歴史的文化の知名度が高かった。(評価高い日本 のソフトパワー2へ続く、ジャン・バルテルミー、フランス見本市協会日本代表) 経済がなかなか復活の兆しを見せない上に、政治が低迷している今の日本では、表面的 な改革を進めても解決策を見出せない。日本は今、世界の中でどんな地位にあるのかだ けでなく、どのような軌跡をたどってきたのか、これまでどんな歴史を紡いで日本という国 をつくってきたのかを、日本人自身が学ぶことが大切だ。そうすれば、未来を生き抜く方 法が見つかるのではないだろうか。日本の復元力は、まだまだある。もっと日本のこれま での歴史と、これから築き上げていく歴史に自信を持って欲しい。経済を支えるのは遠い 場所に住む人ではなく、そこに住み、その場所に自信と誇りを持った人であるべきだ。 (中谷巌・一ツ橋大学名誉教授の講演参照) ―経済を支えるのはそこに住む人であるべきー 米国から入ってきた自動車産業は、消費者から見えないバンパーの裏側まで丁寧に磨くと いう日本人の美意識があったからこそ、世界で最も評価されるような産業に成長した。そう いった行為は一見、合理的ではないし、非効率でもある。しかし、それこそが日本のものづ くりに欠かせない美意識であり、製品への信頼を培ってきた。一つのことを、長く、コツコツ と続けていくという精神的伝統が、日本のものづくりの技術となり、現在の産業の礎を築い た。日本人は仕事でも何でも、相手を信頼する気持ちや行き届いた配慮、美意識、倫理観 を自然に持っている。それによって安定した人間関係と仲間意識を生み出してきたといえ る。そこから日本の産業が誕生した。この歴史的な事実を、日本人は認識していないのだ。 (日本の復元力4へ続く、中谷巌・一ツ橋大学名誉教授の講演参照) 株式投資に目が向かないのは、日本の将来を悲観し、企業の今後の成長に期待をもつこと が出来ない、と考えているからにほかならない。いつから日本人は、これほど悲観的な考え にとらわれるようになったのだろうか。鎖国をしていた江戸時代には、町人文化が栄え、寺子 屋が多く存在し、識字率も高かったという日本。 明治維新後には多くの優秀な若き人材を世界に派遣し、欧州の圧倒的に進んだ技術や文化 を取り入れ、欧米列強と肩を並べた日本。戦後の焼け野原から驚くべきスピードで復興を遂 げ、世界を驚かせた日本。その後、右肩上がりの高成長期を迎えた日本。どれも日本の姿だ。 世界に誇る輝かしい歴史を持っているのに、悲観論者ばかりの国になってしまったのは何故 だろう。それは敗戦国になったという事実に加え、その後日本人が日本の歴史を学ばなくなっ たことが原因ではなかろうか。(日本の復元力3へ続く、中谷巌・一ツ橋大学名誉教授の講演 参照) 海外の株式に比べると、割安な水準にとどまっている日本株を見直す機運が高まってい るようだ。東京大手町の日経ホールで「日本は負けない~2011年日本の底力を考える ~」が開催された。基調講演で中谷巌一ツ橋大学名誉教授は日本の復元力について、 次のように語った。 ―歴史の中で変った日本人の意識― 外国人投資家が日本の株式市場に台頭する一方、二本国債の95%を保有しているの が日本人である。これは驚くべき数字だ。日本の国債発行額は、実に900兆円を超えて いる。この膨大な赤字財政から、一日も早く脱却しなければならないにもかかわらず、目 先の安定性を重視し、本質的な問題を先送りしている日本人があまりにも多いのではな いか。(日本の復元力2へ続く、中谷巌・一ツ橋大学名誉教授の講演参照) 年を取っても要介護状態にならないようにと、誰もが願っている。脳の病気を除くと、その 原因のほとんどが加齢による骨や筋力の衰え、口腔機能の低下、栄養バランスの悪化、 認知症や鬱、閉じこもりなどによる。これらは日常生活を調べることで、未然に発見可能 で、その改善に努力することによって予防できる。関節や筋肉などの運動器の機能改善 には、年齢に応じた運動メニューが必要になる。歩行やなるべく体を動かす努力をする だけでも、トレーニングに匹敵する。 口腔機能の維持、改善には口の中をきれいにするだけでなく、摂食嚥下に必要な咀嚼筋 や、口輪筋、舌の筋などの機能強化が必要だ。堅いものがかみにくくなったり、茶や汁物 でむせたりする人は気をつけたい。好んで食べているものをチェックして、それより強い咀 嚼力を必要とする食品に代えてみたい。 低栄養になりがちな高齢期の食事には、栄養バランスを考えた食品摂取や料理法の工夫 がいる。部屋に閉じこもりがちなら、積極的に会話などに加わる機会などをつくる努力が 必要だ。(京都府立医科大学院・吉川敏一教授資料参照) 昨日、ニセコの町全体が2つの文化を併せ持ち、英語という言語だけではなく西洋文化を 理解しているために、滞在中、私たち家族は非常に快適だった、というよなことを記述。 その続きです。 旅行会社の担当者はハワイで休暇を過ごし、帰ってきたばかりで、「ハワイの人達は日本 語が話せるうえ、日本人のニーズも理解してくれているので楽だ」と言っていた。私も滞在 したことがあるが、サービスの仕方や内容が少し「日本的」だと感じたことを覚えている。 ニセコに旅行するアメリカ人と、ハワイについて語る日本人の話を考えると、ある場所に特 定の旅行客を引き付ける方策があるのだと思う。日本人を呼びたければ、日本人が滞在 しやすいようにし、オーストラリア人を引き付けたいなら、楽に滞在できるようにしなくては ならない。旅行客が魅力を感じる素晴らしい日本の資産を生かすために、ニセコやハワイ から学ぶべき点は多いのではないか。(住友スリーエム社長資料参照) 住友スリーエム社長のジェシー・シン氏が旅行客へのサービス力について語っており、参 考になるので下記にその一部を紹介したい。 この2,3年山形や長野でスキーを楽しんできた。最初は日本語に不慣れだったこと、準 備の仕方もわからなかったことで大変だった。スキーをする環境は素晴らしかったが、 外国人をほとんど見かけなかった。ところが2月初旬、北海道ニセコに行き、今までとは 全く違う経験をした。旅行会社の担当者は、英語を話す。さらにヨーロッパ旅行を予約す るときと同様に、私たち外国人が必要としているサービスについても理解していた。 ニセコの町全体が2つの文化を併せ持ち、英語という言語だけではなく西洋文化を理解し ているために、滞在中、私たち家族は非常に快適だった。 ニセコではスキーを楽しんだ後、東京と同じように、レストランの選択肢もある。オーストラ リア人客が多く、日本ではなく、オーストラリアにいるような気がした。(ニセコから学ぶサ ービス力2へ続く、住友スリーエム社長資料参照) 今月、2回にわたって書いた後の3回目です。五味は、「辛味・甘味・酸味・塩味・苦味」。五 色とは、「緑(青)・赤・黄・白黒」。韓国では、五つの色の食材を、五つの味で味付けした料 理を食卓に並べる、というようなことを記述。その続きです。これを現代の食卓にも活用す ることで、いろいろなメリットがある。 例えば、子供に食べさせる料理も五味五色を意識して作る。小さいころからいろいろな食材 を食べることで、好き嫌いや偏食を減らすことができるのではないか。また、さまざまな味付 けは、味覚の発達も促す。たくさんの味を経験することで、より豊かな味覚を育てることがで きる。スーパーの売り場や書店に並ぶ料理本を見てもわかるように、現代の食生活は非常 に多種多様化している。さまざまな料理法が家庭にも浸透し、それらの料理に使う食材もさ まざまだ。家族の身体や健やかな成長のために、飽きのこない幅広いメニューづくりのため に、是非五味五色を食卓で実践してはどうか。 (日経、広告特集資料参照) ―都有地貸し支援― 昨日、東急総合研究所の調べではIT系やデザイン、音楽、ファッション、アニメなどソフト 産業の事業者数は現在も、23区で渋谷が最も多いという。東急電鉄はヒカリエ8階を 「クリエイティブスペース」とし、ソフト産業従事者向けのラウンジやギャラリーにする、と いうようなことを記述。その続きです。東京都もこの戦略に賛同。ヒカリエ北側の宮下公園 近の都有地(約5000平方メートル)を民間に貸し、主にクリエーターを対象にした賃貸 マンションを建設する。「文化やエンターテイメントの街つくりを後押ししたい」と都の担当 者。ITやデザイナーなどクリエーター向けのオフィスや作品展示コーナーを造り、産官で 連携してソフト産業を集積する。産官連携はヒカリエの設計にも生かされた。ビルの敷地 を広く取るために、区道を一部廃止する代わりに、ヒカリエのビル内に自由通路を配置。歩 行者が渋谷駅から連絡橋を渡ってビル内を通り抜け、青山通り方面に向かえるようにした。 ヒカリエ誕生は、変わる渋谷の序曲だ。渋谷駅ビルを含む周辺の大改造はまだ20年近く 続く。この間、ヒカリエを核に街の求心力維持・向上できるかが街づくりのカギを握る。 (日経新聞資料参照)
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